2011年03月26日

あれから

2週間経ちました
いまだに信じられない
日本に起こったことと、現状

亡くなった沢山の方々のご冥福を心からお祈りします
今も被災地で不安な日々を過ごしてはる方々
家族や友人を亡くした方々、家も仕事も無くなった方々
愛するふるさと
本当にどれだけ辛いやろうか
一日も早く、深く傷ついた心が癒されますように
まともな生活がまたおくれますように
絶対復活、復興しますように


3月11日(金)
私は家にひとりで居て、揺れました
本が新作の絵に落ちてきて、キャンバスが破れました
悲しかった
もっと悲しい思いをしてる人はいっぱいいるけど、これは自分のレベルの中で
悲しかった
テレビをつけて津波の凄まじい映像に目を疑った
恐ろしい
余震が怖い

3月12日(土)
フランスから一時帰国するはずの両親が北京で足止めされる
私は家にいて
すごい寝た
起きてから、ずっとテレビをみていた
本当に恐ろしい
夜、近所のスーパーにいったら何もなくなっていた
信じられない

3月13日(日)
昼過ぎに両親が無事にうちへ到着
とりあえず安心した
梅が満開に咲いてる
こないだまで春の訪れにこころふわふわやったのに
なんなんだ、この悪夢は
日本が終わる予感がしてた

3月14日(月)
原子炉が、放射能が、放射線が、放射性物質が
普段聞きなれない恐ろしい言葉が聞こえる
東京電力の恩恵を受けて生活してきた私達
停電になるのか、夜中にアナウンス

3月15日(火)
棚の上の物をぜんぶ片付ける
冷蔵庫も空にする
植物に水を多めにあげる
少なめに荷造りをする
外で息を吸うのも怖くなった
夜、バスにのって徳島へ向かった
出発してまもなく静岡で地震が起こり
海老名で足止めされた
あーーーーーーーーーーーーーーー
下道を通って、清水まで
2時間遅れで徳島についた

、、、、、、、、、、、、

いろいろあって
いま、フランスの実家にいます
水曜からいてます
家族4人で帰ってきました

フランスへきても、心配ごとはなくならない
これから、どうするべきなのか
日本にはいろいろ課題がある

人間
ぜいたくしすぎたよ
いらないもの、つくりすぎたよ
感謝するきもちなくなってたよ
本当に必要なものだけでもういいと思う

なんて言葉

どうやって書けばいいか

まわりにはポジティブに東京にのこった友達もいるけど
私は、どうしてもまだポジティブになれない
だって、お水が!土が!空気が!
なんて残念なこと

希望だってあるよ 望むことやけど。
もう、希望しかないでしょう

いつまでフランスにいるかわからんけど
東京の生活をそのままにしてきたから
これからのこと考えんとあかんなあ

フライト前になにかしないと、と思って
友達からもらった支援物資を届ける住所に粉ミルクとか送った
僅かな物質的援助しかできなかったけど
微力ながらどなたかの助けになれば、、、

こんな私の人生まで
みんなの人生が
変わってしまったんやなあ
沢山の絶望と悲しみの中で
希望を抱いて進んでくしかない

うおっし!!!!
posted by junmarie at 03:05 | diary | 更新情報をチェックする
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